45年前に別れた娘に一目会いたい。なぜ手放した?なぜ今?加藤諦三が迫る


テレフォン人生相談 2016年7月7日 木曜日

パーソナリティ: 加藤諦三
回答者: 坂井眞(弁護士)

相談者: 再婚女68歳 夫は初婚65歳 結婚40年 子どもなし。45年前に離婚した前夫との間に娘1人。娘は夫が引き取った。

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加藤諦三:
もしもし?

相談者:
はい、もしもし

加藤諦三:
はい、テレフォン人生相談です。

相談者:
はい

加藤諦三:
はい、最初に年齢教えて下さい。

相談者:
68です。

加藤諦三:
68歳。

相談者:
はい

加藤諦三:
結婚してます?

相談者:
はい、してます。

加藤諦三:
えー、ご主人何歳ですか?

相談者:
65お、です。

加藤諦三:
65歳、お子さんは?

相談者:
なしです、今の主人には。

加藤諦三:
あ、今の、そうするとご主人ど、結婚してから、どのぐらい経つんですか?、何年ぐらい。

相談者:
40年

加藤諦三:
40年?

相談者:
はい

加藤諦三:
はい、分かりました。
で、どんな相談ですか?

相談者:
はい。
わたし、45年前に、別れた娘と、会いたいんです。
死ぬまでに一回。

加藤諦三:
うーん・・で、お嬢さんは、今、何歳なんですか?

相談者:
45歳。

加藤諦三:
45歳ですか?

相談者:
はい

加藤諦三:
それで、えー・・今からどのぐらい前にお会いになったんですか?

相談者:
・・だから、もう、出来て・・1年してから、主人が、女の人がおるよん、が気付いて、

加藤諦三:
うん

相談者:
それで別れたんです。

加藤諦三:
あ、はい
で、その、お嬢、あのお、今、この45歳のお嬢さんとは?

相談者:
はい、一切会ってません。

加藤諦三:
じゃ、別れたご主人の方と一緒にい・・わか・・

相談者:
はい、別れた主人の方が、連れてます。

加藤諦三:
ああ、そうですか。

相談者:
はい

加藤諦三:
はい
それで?

相談者:
ま、も、年も行ってるし、

加藤諦三:
はい

相談者:
死ぬまでに、一回、会えたらあ、どうかなあ?、ま、一度、どのようにしたら会えるかな?、と思っておるんです。

加藤諦三:
あ、はいはい
あのお・・お嬢さん・・と、会ってないという事、は、分かったんですけども、

相談者:
はい

加藤諦三:
連絡の方法もないんですか?

相談者:
はい、一切ありません。
やっぱり、あのお、わ、わたしが、再婚した時に、今の主人も、には、言うてるけど、

加藤諦三:
はい

相談者:
やっぱり、気兼ねしてたんですね。

加藤諦三:
はい、はい

相談者:
ほんだから、子どもが・・どうしてるかいう事も、よう探さなかったし、

加藤諦三:
ええ

相談者:
会いにも、よう行かなかったんです。

加藤諦三:
ふーん
と、ご主人の方は、初婚だったんですか?

相談者:
はい、そうです。

加藤諦三:
それで、まあ、ご主人の側からすると、3歳年上の、女性で、もう、子どもが居るという事で、あなたの方、は、ずっと、この40年間、何て言うのか、どういう、言葉で表現したら良いか分からないですけど、

相談者:
ええ

加藤諦三:
なんか負い目があった訳ですか?、結婚生活?

相談者:
いや、負い目はないけど、やっぱり、離婚しているように、

加藤諦三:
はい

相談者:
負い目があったから。

加藤諦三:
はい

相談者:
だから、主人には、もう、「子どもがい、いてますよ」いう事は、言うてるけど、

加藤諦三:
はい

相談者:
「会いに行け」とも言わず、何にも言わないから、や、わたしはやっぱり、

加藤諦三:
はい

相談者:
会いたいなあとは思ったって、主人の手前、探す事も、ようしなかったです。

加藤諦三:
ああ、それで、あの、普通、まだ1歳ですとお、

相談者:
はい

加藤諦三:
あう、前の結婚ですね?

相談者:
はい

加藤諦三:
離婚した・・まあ、母親の方と一緒に暮すケースが多いんですけれどもお、

相談者:
はい、わたしは、あの、調停離婚で、

加藤諦三:
はい

相談者:
あのお、わたしは、母だけだったから、

加藤諦三:
はい

相談者:
「向こうは両親揃ってるから、おじいちゃん、おばあちゃんがおる方が、良いですから」って言われて、わたしは、もう、子どもを渡しました。

加藤諦三:
要するに、お母さんの、おばあちゃんだけよりもお、おじいちゃん、おばあちゃんの、両方居た方が良いという事で?

相談者:
はい

加藤諦三:
調停でもって、そういうふうに決まったんですか?

相談者:
はい

加藤諦三:
で、あなたはもちろん、調停で、決まった訳ですから、それを受け入れた訳ですね?

相談者:
はい

加藤諦三:
うーん
で、その時にい、

相談者:
はい

加藤諦三:
「こういう時には、会いたい」とか、「会える」とかあ、

相談者:
いやあ、もう、向こうが、「一切、会わないでくれ」って言われました。

加藤諦三:
うん、それえ、その一切会わないという事は、調停離婚のときに、そのような内容が書いてある訳ですか?

相談者:
いや、そこまで見てないんです。
調停離婚の、あれの、

加藤諦三:
うーん

相談者:
はい

加藤諦三:
45年も前ですからね?

相談者:
はい

加藤諦三:
ちょっとお、記憶も定かではないとは思いますけれどもお、

相談者:
はい

加藤諦三:
そ、そこまで、一方的な相手の要求が通ってしまうというのは、

相談者:
はい

加藤諦三:
どうしてなんですか?
要するに、相手え、が、好きな女性ができて、

相談者:
はい

加藤諦三:
でえ、「あなたと別れる」と、

相談者:
はい

加藤諦三:
で、「子どもお、は、わたしい(夫)、が、あのお、親権は、もらってえ、」

相談者:
はい

加藤諦三:
「わたし(夫)ら、の方があ、育てて行く」と。

相談者:
はい

加藤諦三:
で、「お前には、会わせない」と。

相談者:
はい

加藤諦三:
・・これ、ちょっと・・

相談者:
うーん、ん、よう・・

加藤諦三:
むちゃ・・むちゃくちゃ・・

相談者:
よく分からないんでけど、ホント、もう・・

加藤諦三:
で、あなた、何故それを呑んだんですか?

相談者:
どういうふうになったんかも、もう、調停に何回も呼び出されたいう事は覚えてるんですけどね。

加藤諦三:
うん、呼び出されたとしてもお、

相談者:
はい

加藤諦三:
あなたは、こ、この時にい、

相談者:
はい

加藤諦三:
・・なんかあ、「わたしは、この娘が欲しい」とか、そういうふうには思わなかったんですか?

相談者:
いや、おも、思いました。一応、始めは、連れて帰ってました。

加藤諦三:
ええ

相談者:
子どもを。

加藤諦三:
はい

相談者:
はい・・けど、「自分とこの家の、子うだから、返せ」って言われて、

加藤諦三:
うーん

相談者:
連れて帰られました。

加藤諦三:
で、その時い、養育費とか、なんかそういう事は考えなかった訳ですね?

相談者:
はい、養育、はい、考えね、全然、そんなもう、

加藤諦三:
うーん、そうすと、あなたの場合にね?

相談者:
はい

加藤諦三:
もう、ずーっと、全部が相手の言いなりで生きて来たっていう事ですよね?

相談者:
はい、そうです。

加藤諦三:
・・そうですよね?

相談者:
はい

加藤諦三:
それで、今、相手の言うなりに、もう、68年間、生きて来てえ、

相談者:
はい

加藤諦三:
「わたし、こうしたいんですけど、どうでしょうか?」っていう、相談ですよね?

相談者:
はい、会いたいんですけど、ま、面と向かって会えなくても良いから、ま、陰からでも、会いたいんやけど、どうしたら良いかな?、と思って、相談です。

加藤諦三:
はい、分かりました。
今日は、あのお、スタジオに弁護士の、坂井眞先生がいらしてるので、

相談者:
はい

加藤諦三:
伺ってみたいと思います。

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(回答者に交代)


45年前に別れた娘に一目会いたい。なぜ手放した?なぜ今?加藤諦三が迫る」への3件のフィードバック

  1. バカだなぁ、大バカだよ。
    いくら産後の育児が辛くとも、経済的に不安でも、大切なものは絶対に手放しちゃダメだ。母親が乳飲み子の親権をとるなんて、容易いことなのに。
    それも、離婚したいくらい嫌な旦那に渡すなんて。その一点だけでも最低な母親(相談者にも事情があったにせよ)の烙印を押されても仕方ないよ。
    顔も覚えてない、そばに居て欲しいときに居てくれなかった母に、娘はどう思っているのか。
    素直なだけでは幸せになれない。

  2. その45年前にいた家に生き別れた娘に継母が弟でも産んでいれば案外簡単に見つかるかも。

    まずは元いた家に行ってみること。

    更地とか区画整理になってるかも知れんが。

  3. この娘さんと同じ境遇です。ビックリしました。自分の事かと思いました。
     まさに45年前、乳飲み子だった私の親権争いで、離婚調停で父側に親権が行き、私は祖父母に18まで育てられました。

    その後父は私が10歳の時に再婚して、腹違いの妹と弟がいます。

    一変して窮屈な家庭環境からずっと我慢して、高校を卒業して就職ですぐ実家を出ました。

    今まで色々あったけど・・今、私は再婚して娘がいます。
    そして、こんな可愛い、唯一無二の存在を手放すなんて、信じられない気持ちでずっと生きています。本当の鬼はいるんです。

    厳格で嫌いだった父に対して、今は、高校に通えたのは父のお陰だと思って感謝しています。社会人になって、高校を中退したり、高認で高卒の資格を得た人の存在を知りました。
     多分、生母の元で暮らしていら私は高校も、ろくに行けなかった身分だと容易に想像できます。

    散々、幼少時に生母の悪口を祖母に聞かされて育った私に、憎しみも何も感情は無いです。

    私の肉体を産んでくれて有難うくらいかな~

     管理人者様のコメント好きです。

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