
女「お婆ちゃん本音言って!」婆「本音本音‥」女「そんな‥私背負えない」
(再びパーソナリティ)
玉置妙憂:
はい。
なんか、「良かったね」・・というふうに、
相談者:
はい
玉置妙憂:
(含み笑い)お声をかけたくなりました。
相談者:
ウッフ◆#$%□(苦笑)
玉置妙憂:
なにか、まあ、あのう・・あなたが頑張って、やってらっしゃることは、
相談者:
うん・・
玉置妙憂:
先生のお話を、お聞きすると、
相談者:
うん・・
玉置妙憂:
合ってた?
相談者:
よかったです、本当に。
玉置妙憂:
ねえー、
相談者:
うん
玉置妙憂:
よかったですねえ。
相談者:
はい、ありがとうございました。
玉置妙憂:
あ、はい。じゃあ、失礼しまあす。
相談者:
失礼いたします。
玉置妙憂:
はい
シオンの話より、アドラーの心理学の方がはるかに説得力がある。
人間の悩みのすべては対人関係の悩みである」と説いたアドラーは、人間関係を円滑にするためには、他人の課題と自分の課題を分離する必要性を強調した。
おじいちゃんから新品の掃除機もらったら買取店に売って小遣いの足しにすればよかったのに。それに、おばあちゃんの過去のことなんか心配してもしょうがないじゃないか。自分ファーストになろうよ
他コメントでは「優しい孫」と称賛されてるけど、個人的にはヤングケアラーと思った。あるいは共依存症。
悲劇は美化しても悲劇。
24歳の孫の日常の世話は要らないと思うがそれでも来ちゃう84歳祖母は、孫の世話は建前で淋しいから来てるんだろうなぁ。
うちの祖母も何かにつけ手伝いのつもりで滞在してました。相談者さんのお婆ちゃんとはタイプが違うけど家中掃除してくれるのは有り難いもののガッサガッサ煩い。こんな時間にやらんでいいやろと言う時に掃除機を掛けたりゴミの日の3日前からゴミないかゴミないかと言うので孫である私たちは「煩い!」と遠慮なしにやり返していたのは今では笑える思い出。
話がそれましたが祖母は自分の存在価値を求めてる。加藤先生は自分の人生をイキイキさせるために他人を巻き込むなと言うけど、84年ずっとこれできたお婆ちゃんには今更無理だろうと思われます。
これこらも高価なもの買ってきたらキレまくって遠慮なくやり合ったら良いと思います。
あとお婆ちゃんは本音が無いのが本音かも。なんにせよ84年生きてきた人の人生訓が24歳に分かるわけ無いのだ。
お婆さんは、心配させまいとして、
母親代わりに相談者さんの面倒を
見てるのだと思います。
お婆さんに「あの子はもう大丈夫だな」
と思えるような人生を、歩んでもらえたらと思います。
24才相談者を産後鬱の母親に代わって母親代わりで育ててくれた84才の祖母。
昭和の亭主関白の87才の祖父、舅、姑、小姑に仕え、我慢の人生を歩んできた祖母の愚痴を聞いてあげることは、育ててもらった祖母への何よりの恩返しですよ。
相談者は傾聴、共感、受容の精神ができているので、きっと、相談者にも幸せが返ってきます。
良い孫ですね
優しい
婆ちゃん虐める爺とその周辺には、こんな優しい人間関係は無いだろう
婆ちゃんの切ない本音を受け止めるのには若すぎるし、時代も変わっている
うん、聞いてあげる これにつきるね
で、あ〜、めんどーって思ったら、お小遣いしこたま貰って遊んでおいで
形はどうであれ、父親と祖父母の来るべき介護のことをしっかり考えてあげて欲しいなあと思います。
ご相談者さんの健康にも配慮しながらでいいので、多少でもいい思い出を作っていったらでしょうか。
自分の娘が自死の末、孫を残して亡くなれば
祖母は相談者が一番守らなければならない存在になってしまったのでしょうね
孫が心配なのに、実質は自分の愚痴が言える相手
になってしまっているのですね
おばあちゃんには“本心”なんてありません
本心・本音が何なのかも、もう自分ではわからないのです
探る必要はありません
おばあちゃんは大切だけど相談者がヤングケアラーになる必要はありません
話を聴いてあげて共感してあげることはとても大切です
・・・が、高齢になった祖母は何度も同じ話、同じ愚痴を繰り返すでしょう
毎回もともに聴いていたら相談者が病んでしまいます
聴き流して、この話しが出たらこの相槌を打とう、と決めておいて機械的に反応することも大切です
ご自分を大切にしてください
祖父のモラハラが酷い、とはいえ別れないのは祖母が選んだ道
「私は大丈夫だから」と実家へ追い返しちゃって
あとは、時々祖母の家を訪問してお話しを聴いてあげればオッケー
長居は無用、時間は決めて切り上げるように
優しい孫がいて祖母は幸せだと思った。
相談者の女性は子供の時から辛い目にあっているのにグレたりせず、祖母の気持ちを分析したり理解しようと努めているのに感心する。
でも無理だと思ったら精神科医に祖母を連れて行って相談してほしい。
ひとりで背負いすぎる必要はないのだから。
わたしの次男が24歳。母が86歳。
息子はばーちゃんなんかに興味なし。頼めば なんでも手伝ってくれると思うけど、自ら関わろうとはしない。わたしも頼まない。それでいいと思っています。老人介護なんて辛気臭いことなんかしなくていい。仕事に遊びに青春を謳歌して欲しい。わたしもそうしたから。で、現在、順番が回ってきたので 母の介護をしている次第です。
ところが、相談者さんは一世代飛ばして 早くに介護というか 老人と関わらなくてはならなくなったわけで、大変だろうなあ…と相談を聞いていました。還暦過ぎて、もうすぐ前期高齢者のわたしでもめげそうになりますもん。
相談者さん。あんたは偉い。
20代の相談者の気持ちはとてもわかるんだけど、おばあちゃんの世代は亭主関白や姑、小姑の干渉が当たり前の時代。
それを、近頃の概念でモラハラとしたって無意味だし、80代のおばあちゃんにとっては、今になって、あなたの生き方は間違っていたと指摘するほうが酷だと思う。
自分より、子や孫にお金を使うのが、たぶん気持ちいいんですよ、おばあちゃんは。
三石先生も言っていたけど、80代の人には何でも好きにやらせてあげましょう。
まるで我が母親の半生を聞いているようでした。この世代の女性あるあるなのでしょうか。モラハラ夫に献身的に仕え、人の世話をすることで自分の存在価値を感じる。。。
相談者さんのおばあ様は まだ相談者さんの世話をするというミッションがあるので 自分が保てていると思います。ですから、相談者さんにできることは 本心では鬱陶しくても「おばあちゃん、頼りにしてます。」と態度と言葉で示してあげることだと思います。
余裕のある時は愚痴にもつきあってあげて。余裕のある時だけね。
追伸。いらん贈り物はわたしも辟易しましたwww
幼少期から大変な環境で寂しい思いもしてきたであろうと想像に難くないのに、聡明で思いやりのある相談者さんですね。
相談者さんはまだ若いので、ご本人が幸せで楽しく毎日を過ごしている姿を見せて、おばあちゃんの愚痴も振り回されない程度に聞いてあげられる丁度いい距離感みたいなものが見つかればいいですね。この相談者さんには幸せになってもらいたいなと思いました。