テレフォン人生相談55周年記念『加藤諦三 令和時代への提言』~心のマスクを忘れるな

(1/9) オープニング

 

こんにちは、加藤諦三です。

現代の危機は、コロナ感染症そのものではありません。
コロナ感染症と戦う意志と能力そのものを失いつつあることです。

「もしもし?テレフォン人生相談です」

 

〆の一言集

 

「人間は、意識と無意識とは違うんです」

「人生には、それぞれの時代にそれぞれ解決すべき課題があります」

「無理しないほうが、愛されます」

「精一杯秋に咲かなかった人は、散るのが怖いんです」

「あなたは悪くありません」

「喜びと苦しみは一緒にやって来る」

 

こんにちは、加藤諦三です。
令和2年はどんな1年でしたか?

流行語大賞では『三密』という言葉が選ばれたようですけれども、今年はコロナ禍ということで、もう一年中話題がそれに持ちきりだったようです。

で、この状況わたしは蒙古以来の国難だとすら思っています。

テレフォン人生相談にも、寄せられた相談も、いつもより多く、そして、大変深刻な悩みが多かったようです。

今日のテーマは、令和時代への提言ですけど、提言の内容の骨子は、困難な問題に際して安易な解決を求めるなということです。

それは、幸福を得る力をも捨ててしまいます。

今日は、これまでの経験を生かして、令和3年を迎えるあなたへ、コロナ禍というこの国難の時代にどうしたら幸せになれるのか?

この幸せになるためにはどういう心掛けが必要なのか?
いうことをお話させていただきたいと思います。

年の瀬の慌ただしい中ではありますが、どうぞお付き合いください。

加藤諦三、令和時代への提言~心のマスクを忘れるな~

この番組は、ニッポン放送の制作でお送りいたします。

(2/9) 番組が55年続いたワケ

 

ニッポン放送『テレフォン人生相談』は、1965年1月にスタートして、55周年を迎えました。

わたしも昭和、平成、令和の3つの時代を担当させていただきました。

1965年というのは、終戦から20年後です。
戦後の混乱から、経済成長時代が幕開けして73年に終わる前の時代ですね。

ですからテレフォン人生相談がスタートした時には、まだ経済成長時代だったわけです。

それから、バブルの崩壊からリーマンショックというのがありました。

リーマンショックとの違い

今回のコロナの時の報道でも、「リーマンショック以来」、「リーマンショック以来」と盛んに言われましたけれども。
今回の事件は、もうリーマンショックとは基本的に起きてる困難が違います。

リーマンショックの場合には、正しいことと正しいこととの矛盾衝突はありません。

経済的な問題ですから、経済は良くなるほうがいいに決まってるんです。

だから、この方向で行こうという形で乗り切って行かれる。

ところが、今は、朝、テレビを見ても、夜、テレビを見ても、言ってることは同じように「リーマンショック以来」という、同じに扱ってるんです。

これはもう完全に違う物です。

つまり、コロナの問題を終息するも正しいことです。

経済がうまく回るのも正しいことです。

だけど、大変なのは正しいことと正しいこととが、矛盾衝突するから、そこで、それをどう解決するか?というのが難しい。

そこで、安易な解決を求める。

つまり、コロナの終息と、経済との両立、バランスという言い方です。

つまり、今、起きてることは、正しいことと正しいことが矛盾衝突してる時に、それをどう解決するか?というこの視点が絶対に必要なんです。

ところが、この、絶対に大切な視点がまったく抜けて、議論が朝から晩までされているという、これは大変不幸なことです。

で、そのリーマンショックが終わって、現代になって来てるわけです。

高度成長の裏で起きていたこと

ところが実は、高度経済成長の時代に、深刻な問題が起きてることがまったく理解されてない、議論されてない。

うつ病の増加ということが起きていたわけです。

本来であれば、高度経済成長の時に、高度経済成長がいいことだと。
だけど、心が病んで行くことは悪い。

でも、この2つの正しいことは矛盾衝突しているという認識すらまったくなかったというのがこの日本の歴史です。

ですから、みんながどんどん、どんどん経済成長、経済成長、それだけがいいことと思ってますから。

実はその裏で、深刻な心の病が増加しているということが注目すらされません。

当時思うんですけれども、いろんなところに講演に行った時、「うつ病になること注意しようね」っていう講演しても、あんまり耳を傾けてくれない。
論文を書いても注目されない。

どんどん、どんどん、心の崩壊は進んで、この令和2年が終わり、3年になろうとするこの年末年始の時には、もう日本の社会の心の崩壊は目を覆うほどひどいものになりました。

時代が大きくこの55年間に変わって来てるんです。

相談内容も一見見ると非常に変わって来ました。

だけど、その現象の裏に隠されている本質は変わっていません。

つまり、そこに50年間に渡ってなぜ人生相談が続いて来たのか?っていう理由があるわけです。

つまり別の言葉で言えば、人間は自分が意識してる自分と実際の自分、本当の自分とは違う。

これが分かってないから、様々な悩みが出て来るんです。

これが50年間に渡って、なぜ人生相談が続いて来たかということの理由だろうと思うんです。

 

相談内容にそのまま答えていたら続いていなかった

つまり、テレフォン人生相談で、相談して来た内容にそのまま答えてたら、テレフォン人生相談なんて、そのうちリスナーは馬鹿馬鹿しくて聴かれなくなりますよ。

ところが、相談してる人が、自分が相談してることが、自分が本当に相談してることと違うんだっていうことが、こちらから指摘して、認めてくれたり認めてくれなかったりする・・こと。

つまり、自分が意識してる自分。自分が考えている自分と実際の自分とは違うんだ。

そのことをしっかり理解して対応して来たから、恐らく50年間続いて来たんだろうと思います。

大切なことは、自分の心と向き合うこと。
意識と無意識の乖離をなくすことです。

(3/9) 時代が変わっても変わらない相談の本質

 

ニッポン放送『テレフォン人生相談』は、時代と共に内容は変わりましたけれども、その裏に隠されている本質というものは変わらないと。

 

攻撃性の置き換え

それをいくつか言いますと、例えば、攻撃性の置き換えなんていうのは、よくある話なんですね。

どういうことかというと、自分が怒ってる、無関係な人に、攻撃性を置き換えることです。

ご主人に不満な奥さんが、優しい隣人に怒鳴る。

夫が嫌いなのに、夫が嫌いということを意識しちゃうと、自分の社会的立場がおかしくなりますから、「義理のお姉さん大っ嫌い」っていうような言い方にする。

だから、依存する相手に敵意を向けることは非常に難しいんですね。

子供に対しても、洗い物をよくしている娘に対しては「洗い方が下手だあ!」つって、騒いで怒る。

で、いじめやすい子供に全部怒りを向けてしまう。

で、夫婦関係の問題っていうのは、いじめやすい子に寄せられるわけです。

夫への不満を子供の受験に置き換える奥さんは、常に電話掛けて来てくださいます。

喧嘩をしない仲の良い夫婦っていうのは、子供に過度に厳しかったり、背後には夫婦間の矛盾が隠されている。

身近で、弱い人に攻撃性を向ける。

これは『テレフォン人生相談』でよく言うんですけれども、
「攻撃性は安全なところに向けられる」
という、これも本質の1つです。

もう1つは変装といわれるものですね。

実際の怒りなら怒りが、変装するわけです。

自分は変装してるというふうには思わない。

例えば、相談して来る方が被害者意識に囚われていて「わたしはこんなに酷い目に遭った」、「こんな酷い人に会った」って言うけれども、実はそれは巧妙に変装した攻撃性なんですね。

要するにその攻撃性を自分の意識から追放して無意識に持ってっちゃって、そして自分が被害者になってしまう。そういうように変装するっていうことなんですね。

妬みとか嫉妬とか、そういうものに変装する人もいますし、40歳、50歳になって憂鬱になってる人は、いろいろ言うけど、それは攻撃性が表現できないで、憂鬱に変装して出て来てるわけ。

或いは逆にですね、
「俺はよ、テレフォン人生相談に電話掛けて来てみんななんで悩んでんだか分かんないよ。みんな俺みたいな者を見てよ、毎日楽しくてさ、悩みなんかなんにもないよぉ」
って、陽気に振る舞う人がいるんですね。

これも憎しみを隠すための不自然な陽気さです。

或いは、正義の味方になって、も、ああだ、こうだっていうことを、怒鳴る人もいるんですけれども、これも正義の仮面ですから。

それから「こうあるべきだ」The Tyranny of the Shouldって言って「べきの暴君」という言い方してみても、親が子供に向かって
「勉強はすべきだ」から始まっていろんな「べき」でもって、わんわんわ、わんわん騒いでる。

そいて親は「わたしはなんにも悪いことしてない、のに、子供がこんなふうになっちゃった」、「不登校になっちゃった」、「犯罪を犯しちゃった」と言ってるんですけれども。

子供を責めても責めても、満たされないわけです。

子供が原因じゃないですから。

自分の怒りを子供を責めるということに変装してるだけの話ですね。

悩みは変装された憎しみであることが多いんです。

或いは、過去の様々なこと。

 

知的記憶と感情的記憶

人間の記憶には知的な記憶 Intellectual Memory っていうのと、Emotional Memory 感情的記憶がありますから。

感情的記憶っていうのはもう忘れたはずなんですけど覚えているんですね。

目の前に起きている事件で悩んでんですけども、実は、それは全く関係ないんです。

20年前30年前の、過去の事件に火がついたというだけの話ですね。

非常に多いのは、体は今にあるけれども心は過去にあるっていう人が大変多いんです。

とにかく今日の55周年記念番組で言いたいのは、時代と共に相談内容は変わりますけれども、相談の裏に隠された本質は変わらない。

ですから、この人、何相談してんだろうな?っていうことが的確に掴めないと解決にはならない。

だから変な話ですけれども、テレフォン人生相談は、相談の内容にそのまま答えている限り相談にならないんですよね。

悩んでる人の救いは悩みそのものなんです。

ですから、なぜあなたは悩んでいるか?ということを説明しなければならない。

そこで、困難な問題に安易な回答を求めるなっていうのが、この1時間のメインのテーマなんですけれども・・

魔法の杖を求める神経症

ベラン・ウルフという、あの、オーストリアの精神科医が、待っていると障害が消える。誰かが自分の困難を解決すると期待すること、魔法の杖を求める、そういうことを神経症と言っています。

まさに、経済の両立とコロナの終息なんか、一気にバランスバランスって朝から晩まで言ってますけれど、こんな魔法の杖は絶対にありません。

この魔法の杖を求めるのが、テレフォン人生相談の「じゃ、どうすればいいんですか?」って、そんな「どうすればいいんですか?」なんて、そんな安易な解決を求めたってあるはずがないんです。

この安易な解決を求める。
誰かが自分の困難を解決してくれる。

この魔法の杖を求めるのはテレフォン人生相談のそのものでもあり、現代のコロナの議論の、朝から晩までやってくるバランスバランスと言ってるあれは、これはもう人生相談55周年の共通した問題です。

今のコロナの問題で言えば、隠された本質は何か?ということを考えなければコロナの問題も解決しません。

(4/9) 忘れられない相談者

 

テレフォン人生相談に寄せられたたくさんの相談の中には、聴いてる方も、そしてわたしも忘れられない相談者が何人かいると思います。

その1人の話をさせていただきますと、女性の方で教員なんですね。

息子が暴力を振るうんですけれど、この暴力が父親とか母親でなく、自分自身に向けられて引きこもってしまうわけです。

それでもってその相談を掛けて来たのは、要するに世の中が悪い、友達が悪い、学校が悪い。

物凄い勢いで怒ってるわけです。
でいろんなところに相談に行った。

ところがどこ行っても、悪いのは友達だ、悪いのは学校だ、悪いのは社会だ・・言ってくれないわけです。

批判しながら依存する

で、テレフォン人生相談に電話掛けて来た時も、やっぱり友達が悪い、学校が悪いって言わないですから、彼女のナルシシズムを傷つけられたんです。

で、人間っていうのはナルシシズムを傷つけられると物凄い怒りになるんですね。

それで物凄い怒って、「こんな相談してバカみたいだ!」、「もう『先生』なんて言わないからな!」、「こんな馬鹿馬鹿しい話してわたしの失った時間どうしてくれるの!』つって、猛烈に僕を批判しながら、いつになっても批判が終わらないんですね。

相手を批判しながらしっかりと相手にしがみついている。

こういう関係をDependent hostile relationshipっていって、依存的敵対関係って、これもよくある相談なんです。

批判している人に対して依存しているんです。

依存する対象を批判していますから、批判しながらも離れられないんです。

ですから、いつまで経っても批判を延々と続けるんですね。

で、これもいつまで経っても終わらないと思ったもんですから、
「なんでそんなに酷くてどうしようもない人に相談、こんな続けていて、なんで今、電話切らないの?」って言った途端に、ガチャーンって切って、電話は終わったと。

そういう延々と、いつ終わることのない批判を続ける相談者もいました。

伝説のガチャ切り引退教師。ダンベル振り回す引きこもり息子

(5/9) この困難は何を教えてくれているのか?

 

新型コロナウイルスの終息が見えないにままに令和2年が終わろうとしています。

仕事を失った方、給料やボーナスがカットされた方。

コロナウイルスの拡大ということで、様々な悲劇に遭遇された方も多いと思います。

そこで、コロナ禍の国難に挑戦して幸せになるために、ということを少し考えて見たいと思うんです。

 

人間は絶えず苦しみたがる

幸せへの挑戦ていうことは、これは最初っから言いますに、困難に安易な解決を求めないっていうことなんですよね。

つまりこういう時代というのは、負担とリスクを背負って前に進むしかないんです。

辛くても成長欲求に従うしかない。

つまり人間はどうしても自立か?保護か?で、保護を求めます。
保護のほうが楽ですから。

だからフロイドは「人間は絶えず苦しみたがる」っていうことを言ってますけれども・・Always want to sufferと。

常に苦しみたがるっていうのは、困難に際して、退行欲求・・楽をしたいっていう気持ちがあるからどうしても苦しむ。

だけど「辛い」「辛い」と言ったってなんの解決にもならないんです。

そこで、コロナ禍の国難に挑戦して幸せになるためにはどういうことか?っていうことを考えてみたいと思うわけです。

幸せに求められる基準変更

まず言葉としてはちょっと聞き慣れないでしょうけど、基準変更ですね。

基準変更っていうのは、人間はいろんな基準を持っています。

若い頃は外部にどんどん発展していく。
「あ、今日は発展できなかった」ってく基準。

ところが、コロナがない時は、三密で、密が、人間の、ことに子供の心理的成長には必要なことですから、そういうことが無理な時代ですよね。

ですから、このコロナの・・本当は小さな子供は密になって、喧嘩をしたり、仲直りをしたり、仲良くなったり、いろんなことをして成長してくんですけど、なかなか成長ができない、青年も。

忘年会も新年会も人と会うということが、我々日本人には大切なことなんです。

だけどこういう時代にはそれが無理だということですから、こういう時代には過去の自分の分析を始める。

そして自分の内なる力を蓄える。

過去の基準変更っていうのは、今まで与えられた解釈基準ではなく、自分独自の基準を持つ。

それが独自の世界を持つことになります。

 

活動領域の縮小と意識領域の拡大

ですからそういうように、今はその基準を変更して、内に基準を持って来て、ちょっと難しい言葉で言えば、活動領域の縮小と、意識領域の拡大ですよね。

意識領域の拡大をすることによって、自分独自の基準が作れて、自分の独自の世界が持てるわけです。

だから、今日1日を精一杯生きる・・それは活動領域の縮小と、意識領域の拡大をしていく。

ですから、この新型コロナの終息が目に見えないこの今は、この困難は自分に何を教えているのかな?という、そういう挑戦の受け取り方をしてほしいわけです。

アドラーが、「苦しみは救済と解放につながる」と言いましたけども、まさに苦しみがなければ人間の成長する機会はないわけです。

ですからこの新型コロナウイルスの終息が見えない今は、個人としては、困難から逃げない。

そして自分を磨くという姿勢でもって、この困難にぶつかって行くと。

これ、フランクルが、創造価値や体験価値のほかに、態度価値っていうのがあって、これが最高の価値だっていうんですね。

困難に対してどういう態度で立ち向かうか?

そのためには、自分の過去を見つめて、自分の無意識の歴史を書いてみることです。

活動領域を縮小して、家にいなければならないときが絶好のチャンスなんです。

あー、いろいろ考えてみたら自分は高等学校の時に、あの人、友達だと思ってたけど、あれはほんとは友達ではなかったんだなあ、っていうように、物事を見る視点を変えてみる。

そうすると、人生っていうのは、今、あなたが思っているよりも、もっとたくさん生きる道はあるんですよ。

ところが、活動領域を広げて行くときには、そっちのほうに目が向きませんから、生きる道はこれしかないと思う。

その最悪の例が過労死その他の問題ですよね。

そんな会社辞めればいいわけですから。

ですから、これ以外の道があるんだということに気がつけば、新しい道を探せる活力も生まれて来るかもしれません。

それが意識領域の拡大です。

ですから、この新型コロナウイルスの終息も見えない令和2年が終わろうとしている時に、過去の分析をして、新しい世界を切り開いて行く。

で、あなたが幸せになるためには、まず現実を認めることから始めることです。

デヴィッド・シーベリーというアメリカの精神医学者が、「不幸を受け入れる。そうするとする事が見えて来る」と言ってます。

現実を受け入れるということは時に、不幸を受け入れることかもしれません。

だけど不幸を受け入れることで、することが見えて来る。

まず、不幸を受け入れて、することを見つけて、それに全力に取り組んでまいりましょう。

(6/9) 「心のマスク」に込められたメッセージ

 

新型コロナウイルスの終息が見えないまま、令和3年を迎えるわけですけれども、コロナ禍という困難に挑戦して、幸せになるためにはどうしても望ましい人間関係が必要です。

毒を吐く人

世の中には、毒を吐く人がいます。

例えば、深刻な劣等感にある人っていうのは、人を助けたがるんですよね。

それは自分の心を癒すために助けますから、必ず感謝を要求する・・恩着せがましいわけです。

そういう人と付き合うと、心がどんどん束縛されるわけです。

例えば親子の役割逆転なんていう言葉がありますけど、これはボウルビィの言葉ですけれども、
「あなたさえ幸せになればわたしはどうでもいいの」
これほんとにもう、素晴らしい非利己的な言葉のようですけれども、むしろそれは子供を自分から離れないようにする人です。

ですから、人間っていうのは、自分の人生を活性化するために相手を巻き込むんです。

生き延びるためにはなんでもしますから。
「あなたのために」という言葉で。

そして、この「あなたのために」という言葉で、相手の人生に巻き込まれると、これが望ましくない人間関係なんです。

心のマスクを忘れるなっていうのは、この自分の人生を活性化するために相手を巻き込む人に、巻き込まれないようにすることが心のマスクが必要だということです。

今までの話の中でいうと、意識と無意識と乖離してる人っていうのは自分自身でないですから、人を巻き込んで幸せになろうとするんです。

で、いろんな人生がありますけれども、不幸になる人っていうのは、人間関係が悪い。

これは大規模な調査があるんですけど、幸せな人の共通性っていうのは3つあるんですけど、その1つは望ましい人間関係なんですね。

望ましい人間関係っていうのは、もちろん、
「あなたさえ幸せになればわたしはどうでもいいの」なんていう言い方をしない人です。

望ましい人間関係作るためには、兎には兎の態度をとる。
蛇には蛇の態度をとる。
もぐらにはもぐらの態度をとる。

大体人間関係うまく行ってる人っていうのは、55周年記念番組のメインのテーマである『安易に物事を考えるな』っていう、安易に考えない人です。

ちょっと何か人からしてもらうとすごく感謝をする。

感謝っていうのは人と人とを結び付ける非常に重要な要素ですから、そういうように人の愛を受け入れる、人から愛されることが非常にうまい人っていうのがいるわけです。

そういう人っていうのは、他人の言動を安易に受け取らないです。

あんな美味しくない物をご馳走してくれたっていうようなことじゃなくて、この僕に一生懸命料理作ってくれたというふうに感謝をするわけです。

ですから、どういう人と付き合うかということは、これはコロナの時代であろうと、コロナの時代でなかろうと、望ましい人間関係は幸せにとって絶対の条件なんです。

ですから、心のマスクを忘れるなっていうのは、人間は残念ながら毒を吐く人がいますから、その毒を吐く人から自分を守るために心のマスクを忘れないようにということです。

(7/9) 悩みは昨日の出来事ではない

 

ニッポン放送『加藤諦三、令和時代への提言』
最後になりましたけれども、
アメリカの機関の、National Institute on Aging が、10年間に渡って調査をしました。

1973年に幸せだった人は、1983年、つまり10年後にも幸せだったと。

ですから、今あなたに言いたいことは、今あなたが不幸だと、このままのその生き方を続けてみれば不幸になりますよっていうことなんですよ。

つまり、言ってみれば、毎年ジャンボ宝くじ当たっても不幸な人は不幸だし、ドブに落ちても幸せな人は幸せだっていうことなんです。

そのある特性を持った人間が、幸せを更新して来る。

シーベリーって人が、「自分自身であり得ないなら悪魔になった方がマシだ」って言ったのは、つまり、自分が自分であること、
自分が思っている意識が無意識の本当の自分であると。

そういう自分である人っていうのは、ずっと幸せである。

だから、これが文明が進んでも、幸せな人は幸せだし、そうでない人は文明が進むと、みんな不幸になっちゃうということです。

ですから、今、自分が不幸だと思っている、不運の星のもとに生まれたと思っている、そう思ってると、明日も不満になります。

今の生き方が10年後20年後の幸せ、不幸を決めるんです。

べランウルフという人が、「悩みは昨日の出来事ではない」ということを言っています。

悩んでる人は、昨日こういうことがあったからと思ってるかもしれませんけど、そうではなくて、
30年40年間生きて来たその人の態度の、その結果として今の幸福不幸があるんだと。

逆に今、未来を考えれば、今できることをする。

それが10年後20年後の幸せに繋がって行きます。

すべての結果には過程があります。

そう悩むようにそう不幸になるように、生きて来てることがあるわけです。

ですから、今成長するための努力をしなければ、そのツケが10年後、20年後に回って来る。

ところが、今できることを精一杯すれば、そのことが10年後、20年後の幸せに繋がって来るというふうに思います。

悩みは昨日の出来事ではない。
文明の代償は不幸。

ところが文明は魔法の杖の幻想を与えますから、つい我々はその罠に嵌ってしまうんです。

今、我々は、文明の代償が幸せ、という幻想、魔法の杖の罠に嵌って生きています。

幸せになりたければ、困難の解決に安易な解決を求めない。

(8/9) テレフォン人生相談の夢

 

ニッポン放送『テレフォン人生相談』は、1965年1月にスタートして55周年を迎えたわけですが、これからもたくさんの方々から相談を受け続けたいと思います。

先ほど、時代と共に相談内容が変わっているけれども相談の裏に隠された本質は変わらないという話をしましたけれども、おそらく、これからも本質は変わらないと思います。

そして、テレフォン人生相談も悩み苦しむ人がいる限り、知恵を出し合いながら解決のお役に立ちたいというふうに思っております。

そんな時、テレフォン人生相談の関係者のわたし達が叶えたい夢ですけれども、それは、人がどうしたら幸せな生き方をするかということです。

 

アメリカインディアンにはいじめがない

あのフロイドが「文明の代償は不幸である」ということを言ってます。

わたしもまさにその通りだと思ってます。

高度経済成長でどんどん経済は繁栄して来ました。
科学技術は進歩しました。

でも、幼児虐待、いじめ、不登校、ドメスティック・バイオレンス、パワー・ハラスメント、高齢者のうつ病・・もう、本当に悲惨な状態です。

ところがですね、『アメリカインディアンの教え』という本を書いた時に、アメリカインディアンについていろいろ調べたんですけれども、アメリカインディアンと26年間一緒に生活した人が、「アメリカインディアンの子供にはいじめがない」って言うんですよね。

 

我々が今どうしようか?って騒いでいる問題ですね。

それがないんです。

明らかにこれは、日本の社会よりアメリカインディアンの社会のほうが人間としては質は高いと思ってます。

じゃ、そんなアメリカインディアンばっかりじゃないです。
例えば、確か2003年だったと思うんですが、アジアバロメーターが、アジアの国々の調査をしてみると、夫婦関係がうまく行ってるところっていうのは、インドだ、スリランカだ、マレーシアだ、いっぱいあります。

ところが日本の夫婦関係ズタズタです。

そのアジアバロメーターによると、一番夫婦関係が壊れてんのは、アジアで日本と韓国です。

日本と韓国が一番文明が進んでんです。

まさにフロイドが言うように文明の代償は不幸なんです。

不幸と文明とは同じコインの表と裏なんです。

だけど、これを克服することが、人類の究極の目標がここなんです。

ここの人類究極の目標をなんとかして目指したいというのがテレフォン人生相談なんです。

文明が進んでも、高齢者と青少年達が、お互いに仲良く暮らせる、これが人類の僕は究極の目標だと思います。

で、まさに、それが今、はっきりして来た。

このコロナの問題、そして対応の仕方、安易な対応の仕方、これが文明が進むにしたがって人を不幸にしてるんです。

文明が進んでも不幸にならないためにはどうしたらいいのか?
これがテレフォン人生相談の夢なんですね。

この夢が実現できるかどうかは分かりませんけども、進歩したら不幸になりますよ、っていうんじゃなくて、進歩しても不幸にならない可能性っていうのはどこにあるんだ?ということを、求め続けるのがテレフォン人生相談の夢です。

(9/9) エピローグ

 

ニッポン放送『加藤諦三、令和時代への提言』いかがでしたでしょうか。

(バックで流れるのは、奇跡~大きな愛のように~/さだまさし)

まとめると、新型コロナのウイルスの本当の脅威は、新型コロナウイルスと戦う能力そのものを失いつつあることです。

患者数や経済損失だけではなくて、心の崩壊は目に見えませんけれども、心の崩壊が進んでいるということをしっかり視野に入れないと、これが50年後には、或いは30年後にはもっと酷いことになります。

そして、我々は今、マスクをしてますけれども、同じように、心のマスクを忘れないで。
毒を吐く人が世の中にたくさんいるわけですから。

心のマスクを忘れないで、しっかり生きて行きましょう。

すべての結果には過程がある

そして、自分は将来どうなるか?と思われる方も多いと思いますけど、今の生き方が10年後、20年後の幸せか不幸かに繋がります。

すべての結果には過程があります。
突然、そのことが出て来ることはありません。

わたし達も精一杯、相談に寄り添って行きます。
これからも『テレフォン人生相談』をよろしくお願いいたします。

それでは皆さん、良いお年をお迎えください。
この時間のお相手は、加藤諦三でした。

 

「病弱な子供が病弱なりに今年もつつがなく終わる。それが本来の元気だということです」


「テレフォン人生相談55周年記念『加藤諦三 令和時代への提言』~心のマスクを忘れるな」への3件のフィードバック

  1. 素晴らしい言葉だし、このコロナな世の中で少し楽にして貰いましたが、ダンベル息子の教師親が頭の中でど真ん中に居座ってしまうw

    センセもめっちゃ忘れられない人だったのね(笑)

  2. 素晴らしいお言葉です・ボンクラのワタシですが加藤先生のお言葉を胸に日々を生きて行きたく思います

  3. 加藤先生が言及された「忘れられない相談者」とは、まさにガチャギリさんですね(汗)。「元教師」「息子が暴力」「逆ギレ」で皆気づきますね。考察の資料として昇華した加藤先生も、リンク先を張ってる管理人さんも流石です。
    このサイトのコメント欄にも、客観的に見ても「難癖」「逆ギレ」「マウント」にしか見えないコメントも少なからず見受けられます。相談者当人か、似た状況の方が図星突かれて八つ当たりしたんだろうな‥。当の自分も、別の相談系サイトで「ガチャギリ女教師」みたいに後ろ足で砂かけたことありますね。そうしたところで「画面の向こうの誰かにマウントして自己満足しただけ」という歪んだ自分がいるだけですね‥。
    その当時に抱えていたトラブルは公的機関使って、出来る限りの対処をしました。「自分に向き合う」ことは、実際に自分の頭と手足を使うことでした。画面の向こうの誰かを論破してふんぞり返るだけでは、それこそガチャギリさんと同じ。歪んだ優越感と怒りと欲求不満の無限ループ。そんで頭でっかちのまま老いて、どうしようもなくなる。コロナ禍の今、尚更こういう人が多いのでしょう‥。
    以上、「心のマスクを忘れるな」への感銘と、自戒を込めて。加藤先生の提言を胸に、やっていきます。

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