中1から支援室登校の中3息子の受験が心配な父親。色んな形の学校に目を向けよう

(再びパーソナリティ)

柴田理恵:
頑張ってくださいね。

相談者:
はい・・すいません、ありがとうございました。

柴田理恵:
はい、失礼しまあす。

相談者:
はい・・失礼いたします、ありがとうございました。

柴田理恵:
はい

 

「中1から支援室登校の中3息子の受験が心配な父親。色んな形の学校に目を向けよう」への5件のフィードバック

  1. 支援クラスでもこのように普通学級に馴染めない生徒にも登校させるのもあるんだなあ‼( 。゚Д゚。)
    今は不登校に対してはフリースクールとか保健室登校と言うケアもあり本当に守られているなあって思う…(–;)
    1970年生まれは不登校は逃げているとか学校行ってない子を見ると近所から白い目で見られるのもあれば保健室登校もありませんでした…(–;)
    イジメに遇いましたので保健室登校なしで耐えて普通学級頑張っていました…(–;)
    三石先生が薬のお話されていましたが、確かこれはコンサータと言うお薬です…(–;)
    情緒障害のお薬でしょうね…(–;)
    私たちの時代からあります…(–;)

  2. 支援クラスでもこのように普通学級に馴染めない生徒に対して守られているよねぇ…(–;)
    1970年生まれのは不登校は悪いとか逃げているとか学校行ってない子を見ると近所から白い目で見られたり噂になり先生や生徒の代表みたいな子が不登校の生徒の家に行き…(–;)
    「クラスの皆が待っているよ!」
    「なにがなんでも行こう‼」
    と飾り言葉で説得しているの見た事あります…(–;)
    当時の先生はクラスで不登校いたら評判下がるか資質が問われたみたいです…(–;)
    三石先生が薬のお話されていますね…(–;)
    あれはコンサータって言うお薬で落ち着きさせる効果もあり副作用は喉の乾きです…(–;)
    私自身、情緒障害+知的障害の生徒を見ていましたので彼はお薬飲んでいたので多分コンサータかな?って思う…(–;)
    情緒障害も発達障害も薬物治療もあるみたいです…(–;)
    今は不登校に対してフリースクールに保健室登校させるのもあるし守られているなあって思う…(–;)
    焦らずに進路探しは良いかな?って思うよ…(-.-)

  3. うちの娘は不登校(中学ほぼ行かず)でしたが、
    広域通信制⇒専門学校⇒就職
    ということで普通に働いております。
    広域通信制の学校も勉強の出来る子は多く(ただし、対人関係が上手くいかない子が多い)、国立は無理(数学がネック)だが、文系ならMARCHクラスに受かる子もたくさんいます。
    なので、このお父さんも広域通信制を見学したらいいですよ。
    毎日通学するコースから夏休み登校のみのコースまで何でもありますし。
    また、普通の高校より通学範囲が広がる分、近所の子らに会わなくて済むというメリットもあります。
    ただし、費用は多少余分にかかります。その点だけ覚悟したら、全然大丈夫。
    ただ、男子は女子より難しいという印象ですね。そこは覚悟しないといけないかも。

  4. 相談者の行動は、自分の子どもが不登校になった時、ほとんどの親がとってしまう思考と行動だと思う。私もそうだった。戸惑うし、無理もないとも言えるけど、それではうまくいかない。親は学校へ行くことをゴールに設定してしまう。そうではなくて、学校へ行かない生活の中で、自信をつけ、自分を肯定でき、周りの人や社会を信頼できるようになって、心身とも元気になって、その先に、学校に戻ることもあるかもしれない、ということ。元気になっても、学校には戻らず、違う道を選ぶこともあるだろう。簡単に薬に頼ることはしてほしくない、と思う。それより、一緒に散歩したり、本人がやりたいことを一緒にやったり(我が子の時は毎日ボーリング行ってた…)、家族が仲良く暮らすことを目標にしたほうがいい。仲良く暮らす、ってどういうことかっていうと、たわいもない雑談ができるということ。学校に行かない子に、学校の話はしてはいけない。つまり、学校へ行っていない、ということ以外は、なんら普段と変わらない生活をする。当たり前だと思っていた学校へ行くということが当たり前じゃなくなり、あらゆることが当たり前じゃなかったと気付くことが大切。一緒に食事をすること、お風呂にはいること、会話をすること、朝起きてくること、夜寝ること、などなど。そう思うと、一緒に食卓でごはんたべながら、たわいもない話ができるなんて、なんて素晴らしいんだ!嬉しいな、と感動したりする。当たり前だと思っていた事に、ありがとうの気持ちを感じるようになると、子どもに伝わる。いろんな状況になると、最終的、究極的に「生きててくれるだけでいいじゃないか」と思えてくるだろう。子どもが、このままの自分でも愛されてる、認められてる、そう感じた時に、行動するエネルギーが沸いてくるのだと思う。親の、子どもに対する見方が変わると、少しずつだけど変わってくると思う。相談者は、なによりも子どもとの信頼関係を築き直さなければいけない。簡単じゃないけど。

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