幼子捨てた娘に代わって母。大原敬子を感動させた風呂上がりの描写に感じる愛
(再びパーソナリティ)
加藤諦三:
悲しいっていう言葉に、
相談者:
はい
加藤諦三:
あなた、囚われて、いるんですけれども。
相談者:
そうですね、はい。
加藤諦三:
寂しいっていう意味で、も、あるんですよね?
相談者:
はい・・
加藤諦三:
21歳ですけれども、
相談者:
はい
加藤諦三:
いろんなこと我慢して生きてきてるんです。お孫さんは。
相談者:
そうですねえ。
加藤諦三:
それだけども、周りから見ると、真面目で挨拶はきちんとして穏やかで、っていうんですけれども、
相談者:
はい
加藤諦三:
心の中は、穏やかどころではないんですよ。
相談者:
そうですね、はい。
加藤諦三:
もう、じっと我慢してたんです。
相談者:
うーん。ん、ん、ん
加藤諦三:
で、悲しいっていうのはね?攻撃性を、自分に向けた言葉なんですよ。
相談者:
はー、はい。
加藤諦三:
だから、悲しいっていうことは寂しいってことなんです。
相談者:
はい
加藤諦三:
だから、いま、大原先生が、◆#$ご説明いただきましたように、そういうことを言える相手がいるということは望ましいことなんですよ。
相談者:
はい、そうですね。
加藤諦三:
ですからこの、お孫さんの、穏やかで真面目で挨拶をきちんとできるという、そういう外側に出てきてる、行動特性ですよね?
相談者:
はい
加藤諦三:
それを、そのまま、受け取らないようにしてください。
相談者:
わかりました、はい。そうですねえ・・
加藤諦三:
あなただけは、本当の自分をわかってくれるというふうになると思いますよ。
相談者:
わかりました。
加藤諦三:
寂しいんです。
相談者:
そうですね。
加藤諦三:
ええ・・よろしいでしょうか?
相談者:
わかりました。ありがとうございました。
加藤諦三:
はい。
行動特性と性格特性は違います。
大原先生さすが幼児教育のスペシャリスト。
思春期が終わったような終わらないような微妙な年頃の青年の言動に、寄り添えるアドバイスすてきです。
放送聴いてて泣けました!相談者さんの、お孫さんをみつめる深い洞察力に大原先生の温かい感動のアドバイスが最高に胸に響きました!!
経済的には
心配なかったのでしょうねぇ〜
お孫さんにとっては
実母より養父母に育てられて良かったですネ
どうしたの?と、どういうこと?の返しの違いが私には全くわからないです。あと何故こんなにも愛情深いおばあちゃんと心優しい孫の間のお母さんだけが破天荒なのかもすごく気になりました。加藤先生は相談者さんを責める方向に持っていきそうだったけど、大原先生がベタ褒めだったので遠慮しちゃってる感じがしました。個人の感想です。
管理人さん答えを教えて下さい。ポンチ絵を見ても全然分かりませんでした。
実のお母さん、本当に残念だなあという思いを持ちながら聴きましたが、養母として頑張ってきたおばあちゃんに「あっぱれ!」をあげたいです。
お孫さんというか、孫息子さん、もう成人しましたから、無理のない範囲でおばあちゃんというか養母を大事に介護して行って欲しいと思います。
下手をすると、根掘り葉掘りで相手の心を
こじ開けるだけになる危険性が
『どうしたの?』の問い方には潜んでいると思います。
出来事に興味があるだけだったり、自分が解決してやるぞ!という動機が漂うんです。
自分も常々、どうしたの?と問われれば『何でもない』としか答えられません。
そして、「この人には何も話せないな…」と判断します。
『どういうこと?』という問い方は、相手の心の動きに深い関心がある時の表現です。
相手の価値観や感性を尊重した、思いやりに溢れた問い方と思います。
お孫さんは、安心したから『冗談だよ』と言い、そして楽になれた事でしょう。
聞きながら、ウルッとしました。
そして、何だかホッとしました。
涙、涙です。
美しい心が織りなす、ちょっとせつないお話に、涙腺が緩くなりました。
おばあちゃんと孫がお互いを思いやる時間は限られているかもしれないけれど、もっと美しい時間が流れると思います。
どうぞお体を大事に。
「どういうこと?」ってまるで上司が部下のミスを指摘するみたいな言い方だと思いましたが…
今回は大原先生の言ってることがちょっとわかりませんでした。
稀にテレ人には聖人回がある。本件がまさにこれ。娘が育児放棄した孫を育て上げた時点で聖人レベル。
「どういうこと」という問い掛けは「あなたの言い分は受け止めた」前提。孫は「『悲しい』の説明をしないといけない」というボールを受けて、説明するのが恥ずかしくなったんかと思う。
去年、リストカットをした娘に「なんで?」って尋ねて、大迫先生に呆れられた相談者がいたけど、「どういうこと?」も大差ない気がする
母親に捨てられた孫を、母親代わりになって成人まで育てた、それは本当にすばらしいこと
だけど、父親も母親も知らない孫の心の空虚感は誰にもわかるまい
孫がお行儀がいいのも「いい子は抑圧されてる」の法則どおりだろうし、加藤先生がまずそこを指摘されたのも道理
そして、相談者はそういう人の心の内側の葛藤やつらさには無頓着な部分があって、だからこそ表面的な言葉に右往左往しちゃうんだろう
それでは孫も、本当の意味で心を開いてはくれないだろうな
敢えて言えば、そういう表面的な体裁や世間の目を気にする相談者だからこそ、実の娘(孫の母)と断絶しちまったのではないか?
大原先生のべた褒めは正直表層的に過ぎる、ここはマド愛先生の「お孫さんも、もっと言えば娘さんも、寂しかったんだと思うよ?」が必要だったように感じた
どうかな
おばあちゃまは実娘の原罪を償うべく精一杯やってこられたと思います
これ以上は、孫ちゃんが自分の運命を受け入れて人生を進めていくしかないと思う
孫ちゃんに幸多かれ、おばあちゃま以外にも支えてくれる方がいることを願います